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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4045号 決定

申請人 木村三郎 外一名

被申請人 国

訴訟代理人 武藤英一 外二名

主文

申請人らの申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、当事者の求める裁判

申請人らは「被申請人が申請人らに対して為した昭和二十九年三月三十一日付解雇の意思表示の効力を仮に停止する」との裁判を求め、被申請人は主文同旨の裁判を求めた。

第二、当事者間に争のない事実

(一)  申請人らは横浜市中区新港町に基地を持つ第二港湾司令部の米国駐留軍労務者として被申請人に雇われ、何れも検数員(チエツカー)として申請人木村は昭和二十一年六月十三日以降同山本は昭和二十五年九月一日以降勤務して来たものであるが、被申請人は昭和二十九年三月三十一日付を以つて申請人らを解雇する旨の意思表示を為したこと。

(二)  右解雇がなされるに至つた経緯の内、申請人らは所謂シップグループに属する検数員であつたが、その作業内容は、運送会社の人夫が船の貨物の積卸及び積荷の作業をなすに際し、その貨物の個数を検査し、その数量を記録することであること、シップグループは昼夜各別に通常十名乃至二十名の検数員よりなるシフト(班)にわかれて作業し、各シフトには二名乃至三名のボスティングクラーク(転記書記)と称せられる者がいて所属検数員が検数の都度記録した計算票(タリシート)を集めてその数量の合計が間違いないかどうかを確め、又、計算票を基本として数種の報告書を作成するという事務的な仕事を行つており、更に、各シフトには一名のヘッドチエッカー(検数員組長)と称せられる者がいてシフト全員の指導監督を行つていること。而して、申請人木村は右ヘッドチエッカーの職種にあり、同山本はボスティングクラークの職種にあつて何れもHグループに属していたこと、昭和二十八年十二月十日横浜港北桟橋に到着した貨物船プリマウス・ヴィクトリー号からビール八七、三〇三箱が積卸され、そのうち三、六九六箱は大船PXに送られたが、残り八三、六〇七箱は輸送貨物として輸送貨物船オルソン号に積込まれ朝鮮に送られたこと、右ビールの積卸に際しては、申請人らはシップグループの検数員として所属グループの者と共に作業に当つたこと、昭和二十九年一月中旬に至り、右積卸及び積込の書類を検討した大船PXでは同所に送られた分とオルソン号への積込分の合計数量とプリマウス・ヴィクトリー号からの積卸数量は一致しなければならない筈に拘らず、前者が過少でその間に、三、六九六箱の差異があることを発見し、申請人ら所属部隊に対し、苦情を申出て来たこと、部隊で担当官が調査したところ、朝鮮向けの輸送貨物となつた数量は八三、六〇七箱であるにも拘らず、この輸送貨物につき上屋(倉庫)において作成した荷受報告書(送り状)の数量は三、六九六箱少ない七九、九一一箱となつており、又、オルソン号に積込む際の検数員の積荷報告書の数量も右荷受報告書の数量と一致して居り、三、六九六箱の行方が問題となつたのであるが、実は荷受報告書及び積荷報告書の数量は何れも誤りであつて、実際には八三、六〇七箱のビールが現実に棧橋上に保管され、全部そのまゝオルソン号に積込まれ、朝鮮に送られていたことが判明し、又荷受報告書の数量が誤つていた原因は上屋の係員により積卸された八七、三〇三箱の数量から、大船PXに送り出された数量(三、六九六箱)が誤つて二重に差引かれたためであつたことが判明したこと。従つて積荷報告書に真実の積込数量と相違(前記の通り三、六九六箱減)する記載がなされていたことから、故意且意識的に米軍公式記録を変造した等の理由により、前記のように解雇通知がなされるに至つたこと。

第三、本件解雇が無効であるとの申請人の主張に対する判断

(一)  本件解雇は労働協約に違反するとの点について、申請人らの属する全駐留軍労働組合と被申請人との間に昭和二十七年締結された労働協約第九条によれば「前条に規定する団体交渉を民主的且つ平和裡に行い、この協約の完全なる実施を確保するため、労働協議会を設置する。」と規定され、同第十五条には「次の各号については、協議会で協議決定しなければならない。」とし、その第五号に「雇入および解雇、退職に関する事項」と規定されているから個々の労働者を解雇するに当つては、協議会の協議決定を経ねばならないのに拘らず、申請人らの本件解雇については協議会の協議を経ないで被申請人から解雇通告がなされたのであるから、右協約に反し、無効であると主張する。

そして労働協約に申請人ら主張の条項が存在すること。及び解雇につき協議会の協議を経なかつたことは、当事者間に争いがないけれども、疏明によれば労働協約によつて労働協議会を設置し、協議会に上程すべき事項として規定しているものは、一般協議の事項として第十五条に十二の項目を列挙しているが、殊に第二号の労働時間、休憩、休日及び休暇に関する事項、第三号の就業規則に関する事項、第六号の安全、保健、衛生、文化および福利厚生施設に関する事項、第九号労務配給物資に関する事項を始めその他の各項目について見ても、すべて労働者全員を対象とし、その一般的取扱に関する基準を設定する場合に協議会の協議決定を要する趣旨を定めたものであることが容易に看取できるので、その第五号に規定する雇入及び解雇、退職に関する事項も一般的な基準を定める場合を指したものであつて、個々の組合員の解雇についてその都度協議会に上程して決定を要する趣旨のものと解することはできない。従つて、これによつて個々の労働者を解雇するについて解雇権を制限したものと解することができないので本件解雇について協議会の協議決定が行われなかつたことにより右解雇を無効ならしめるものではない。

(二)  申請人らは何ら解雇に値するような行為はなかつたのであるから、本件解雇は解雇権の濫用であると主張するので、被申請人が申請人らの解雇理由として主張するところを検討する。疏明によれば、申請人山本は前記オルソン号へのビールの積込作業に際し、ボスティングクラークとして検数員の作成した計算票の誤謬の有無を検討し、これを集計して積荷記録(ローディングレコード)或は積荷報告書に記入し、更にこれを軍発送状(A・S・D)に記載するものであつて、その数量が荷受報告書(その数量はA・S・Dに記載されている)の数量と甚しく相違するときはヘッドチェッカーと対策を協議すべき職責を有するものであるが、右積込作業の終了に当りその検数に従事した各検数員の作成した計算票を集計したところ、右積込ビールの検数数量は、統計八四、六一一箱と算出されたところが同申請人の手元にあつた上屋(倉庫)からの荷受報告書(送り状)によるとオルソン号に積込むべく上屋から積出されたビールの数量は七九、九一一箱と記載されていて、右集計数量八四、六一一との間に四、七〇〇箱という甚しい差違があつたので、この相違を隠蔽するため、計算票の累計数量が荷受報告書の数量に一致するように計算票の数字を作為的に変更することとし、右検数の最後に従事した検数員三浦長治作成名義にかかる検数合計数量一四、七七九箱の記載ある計算票に「VOID」(「書き損じ」)と記入してこれを無効のものとし、三浦から別に白紙の計算票用紙に署名をさせて受取り、これに申請人山本自身において四千七百箱を減少した検数合計数量一〇、〇七九箱を記入し、あたかも三浦の検数結果が同票に記載の通りであるように作出し、かくして、同申請人は積荷に際し検数員の検数した総計数量は七九、九一一箱(これは荷受報告書の数量に符合する)であるという虚偽の数量を記載した集計票と、積荷報告書を作成し、これを部隊に提出したものであること並に申請人木村はヘッドチエッカーとして現場検数員の指揮監督に当り、計算票の集計数と荷受報告書、積荷報告書、軍発送状等に記載の各数量とを比較検討し、検数事務が適正になされるように注意すべき職責を有するものであるが、申請人山本が前記計算票の書き直しをなした当日、同申請人からその書き直しの報告を受けながら事態を充分調査せず、漫然これを看過したことが認められる。右認定に反する疏明は採用しない。

そうだとすれば、申請人等の右行動はその職務遂行に甚しく不誠意であつて、使用者である軍に対する著しい背信行為と断ぜざるを得ない。

申請人山本は本件のように多数量の積込作業において多数の検数員が関与している場合であるから、その検数の結果にはとても正確を期し難いものであり、且つ、一旦船腹に積込まれた物品を再調査することは不可能であるので、同申請人が計算票の集計数と荷受報告書の数量との不一致を発見し、各検数員について調査したところ、三浦検数員のみ自己の検数に自信がない旨回答したので同人の検数に誤りがあるものと信じて、その数量を訂正したのであるから、積荷報告書に故意に不実の数量を記入したものでないと主張する。

なる程多数の物品の積込作業において多数の検数員の関与している以上、その検数に多少の誤謬の生ずることは無理からぬところであり、申請人等責任者に真実の積込数量と、計算票の集計数とが一致するように検数の実施を要求することは困難を強いることになるといえるだろう。然しながら本件において申請人等が非難されている行動は右のように数量が一致するように検数の実施をしなかつたという点ではなく、三浦検数員の作成名義の計算票の数量を訂正して集計を算出した点にある。而して疏明によれば、三浦の作成名儀の計算票(乙第六号証一)において同人の検数し記入したものはその下段五行位で数量三千余箱のものであるが、後に申請人山本が記入した計算票(乙第六号証の二)の数量は前記のように四千余箱を削減したものであるから、仮に三浦の検数に信を措けなかつたとしても、その訂正が甚しく不当のものであることは明瞭であり、従つてこのような申請人山本の措置は専ら荷受報告書に記載の数量が現実の積込数量に一致するものであることを軽々しく予断し、検数員の検数を理由なく無視したことに帰着する。本件のように両者の数量が甚しく相違するときは、特段の事由のない限り申請人等としては積荷報告書に計算票の集計数をそのまま記載すると共にその旨軍関係者に報告し、その対策を講ずべきは契約上の信義に照らし当然であつて、その煩を避け理由なく計算票を訂正して両者も数量を作為的に一致させ、事態を糊塗しようとしたところに申請人山本の甚しい職務上の義務違反が存し申請人木村において、その報告を受けながら、これを看過した点に著しい職務の懈怠が存するのである。

次に申請人らは本件のような場合に関する従来の取扱は始末書を提出させるか或は、一週間程度の出勤停止の処分をなすに止まりこれが長期間行われ、慣習による就業規則又は職場規律となつていたものであり解雇処分をなした事例は存じないから本件解雇は甚しく苛酷且不当であると主張する。しかし、本件と同程度の職務義務違反につき従来の取扱上常にその主張の如き処分にとゞまつていたということ及びその主張のような慣行による職場規律については、その疏明十分でない。もつとも本件のように一回の職務懈怠によつて解雇されるのは、申請人等の被る経済上その他の打撃を考えるとき同情できないではない。

然しながら駐留軍労務者は米国軍隊に労務を提供する以上、軍隊における厳重な規律に従うべきであり、高度の信頼を要請されているものであるから、本件のような職務懈怠によつて信頼関係が破られ、これによつて解雇の挙に出られてもやむを得ないものというべく、この解雇を目して苛酷不当又は信義違反の故に解雇権の濫用であるものということはできない。

第四、以上のように、申請人らに対する解雇が無効であると主張するところは何れも理由がないから、本案請求権の存在の疏明のない本件申請を却下すべきものとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)

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